木戸泉物語(下)

高温山廃、乳酸菌使用、
一段仕込み…。
なにより杜氏の両腕が妙味を生んだ
「アフス」

「可能性を追求」したもうひとつの酒は前号でもちょっとふれた濃厚多酸酒「アフス」である。

このいささか風変わりなネーミングは、これの醸造にかかわった3人の名前のイニシヤル、つまりA、F、Sにカタカナを当てたまでのことで、Fは古川董さん(木戸泉技術顧問)、Sは荘司勇さん(木戸泉前社長)、そして最初のAはここで初めて紹介するが、新潟県三島町の「住乃井」前社長、安達源右工門さんである。安達さんは昭和51年に他界され、従って3人ともいまは亡い。

安達さんと古川さんは旧大阪高工(現大阪大学)醸造科でともに酒づくりを専攻した同級生で、これまでたびたび書いている高温山廃モトというのは実は安達さんの発想による酒母づくりなのである。

それを古川さんが木戸泉に導入したのは、これも前に書いたが、昭和31年のことで、その際、純粋培養した生の乳酸菌を便用したのは古川さん独自の新工夫である。というわけで、高温山廃モトに関しては住乃井が「本家」、木戸泉は「分家」ということになる。

しかもこのとき、高温山廃モトづくりの経験者がいない木戸泉に対して、安達さんは自分の蔵の杜氏を除き、その下の頭、麹師、モト師の主要メンバー 3人を古川さんの要請に応じて木戸泉へ送り込んでいる。いまの木戸泉の杜氏、永井豊一さんは当時、住乃井の麹師だった人である。

ともあれ、これから紹介する濃厚多酸酒というのは、安達さんの高温山廃モトをベースに、古川さんの奇抜な新法(特許取得)を荘司さんの蔵でみごと完成させたという意味でまさしくア・フ・スなのである。

以下、古川さんの特許請求の「明細書」を下敷きにして、アフスの中身を紹介することにしよう。

日本の酒づくりは昔から、一麹、二モト(酒母)、三造り(醪)といわれるように、これが基本的な三大工程である。ところがアフスの場合は二番目の酒母工程がない。麹と蒸米と水でいきなり醪を仕込む。

その醪の仕込みも普通の日本酒では初添、仲添、留添と三回に分け、物料を少しずつふやしながら仕込む。だから昔から三段仕込みといっているのだが、アフスはそれをやらない。必要な物料は全部一ぺんに仕込んでしまう。つまり一段仕込みである。

というわけで、スタートからアフスは奇抜なのである。ところで日本の酒をはじめワイン、ビールなどは、焼酎やウイスキーなどの蒸溜酒に対して醸造酒と呼ぱれている。これら醸造酒も発酵の形はそれぞれに違う。

たとえばワイン。これはブドウ果汁の糖分が直接発酵してワインになる。こういう形を単発酵という。ビールの場合は、麦芽による糖化が終わったのち、それが発酵してビールになる。つまり糖化と発酵が分離している。こういうのを単行複発酵という。

では日本酒の場合は、すでにご承知のように麹による糖化と酵母によるアルコール化つまり発酵が同時に行なわれる。これを併行複発酵といい、世界の酒類の中でもめずらしい形の発酵酒とされている。

アフスの場合は、この併行複発酵に加えて前にも触れたように生の乳酸菌を投与し、それが一段仕込みの醪の中で乳酸にかわる。もう一つの発酵が同時に行なわれるから、古川さんの表現を借りると、『だからアフスは、併行複々発酵というべきでしょうな、いや併行鼎立発酵といったほうがいいかな。』ということになる。

アフスの仕込タンクは普通に酒を造る醪タンクに比べるとずっと小さい。要するにタンクの中へ両腕を入れて、中の物料をゆっくりと攪拌できる程度の容積とすれば直径は1.2mくらい、高さも1.5mほどである。現に木戸泉では酒母タンクをこれに代用している。

まず、これに、蒸米、水(60℃ぐらいの温水)を入れて55℃の高温に仕込む。55℃というのはいちばん糖化がすすむ温度である。高温山廃モトのここが高温処理部分である。そしてこの高温は同時に浸入する雑菌を防ぐ役目もしている。

数時間おいて、物料表面部が30℃ぐらいに冷えたところで、乳酸菌と酵母を同時に植えつける。乳酸菌は日本酒にしか生息しないとされている二種類の菌である。酵母は日本醸造協会が酒造家向けに市販している7号酵母である。

これで必要物料は全部入れたわけで、あとはタンクの中身が時間の経過とともに変化するのを見ながら、そのときどきに応じ、手を加える。

さきに55℃が糖化の最適温度と書いたが、酵母にも乳酸菌にも、それぞれの最適温度がある。前者はは20℃~25℃、後者は25℃~30℃である。またそれぞれの最適温度下での発酵スピードにも差があって、前者はゆっくりタイプ、後者はせかせか型である。

さらに物料全体の時問経過にともなう温度変化も、タンクの中の外気に接する表面部分、タンクの壁面に接する周縁部分、また底面部分、中央部分の上と下、それぞれに温度差が出てくる。

それらすべてを勘案した上で静かに両腕を物料の中に入れると、それぞれちがった温度帯を肌で感知できるそうで、ベテラン杜氏になれぱなるほど、感知は精密になるという。

そしてそれぞれの適温帯を肌で捉えては、その部分を静かにかきまぜる。それを数日間、何回となく繰りかえし、やがてタンク全体に及んで、この手作業は終了する。

その後は醪の様子をみながら、朝夕二回程度の櫂入れ(攪拌用の竿でかき混ぜる事)をして、20日前後でアフスは出来上がるのである。

でき上がったアフスの中身をまず数字で紹介すると、アルコール度数17~18%、日本酒度-30、酸度5~7である。アルコール濃度はまず普通の原酒なみだが、日本洒度は全国平均が-0.2前後、千葉県平均が+1前後。酸度全国1.4前後、千葉県1.3前後である。 日本酒度、酸度どもに全国、千葉県平均ど比べて、いかに格段の差があるか、アフスはそれはどに「濃厚多酸」なのである。

これによって、アフスの酒味はおおよそわかっていただけたど思うが、あえてその味を文宇にするど、甘辛酸苦渋の五味がそれぞれに舌上で乱舞、それも多彩、絢爛、豪快、華麗に交錯し合っかと思うと、その喉ごしのフィニッシュは、さっと、清澄な余韻をぶるわせながら、砂浜の波が引くように静かに消えてゆくのである。

アフスを飲るたびにこの妙味に陶酔してつくづく思うのだが、この味の秘密は、高温山廃、乳酸菌使用、一段仕込み等々いろいろあるだろうが、その最たるものは、ベテラン社氏の両の腕の鋭敏な探知といたわりの攪拌ではないだろうか。

日本酒業界の昨今の吟醸酒づくりはまことに結構なこどだが、吟醸の淡麗味を礼賛するあまり、きれいな酒、きれいな酒と、ただきれいさだけを追いかけている嫌いはないだろうか。別にきたない酒を呼びもどす気は毛頭ないが、ほんとうの日本酒の味というものを忘れてはいないだろうか。あえていうならば雑味のうまみというものが昔のよき時代の日本酒にはあったのではないだろうか。それが忘れられているような気がするのである。

ちょうど、八百屋の店先でコキコキど漂白したように洗ったダイコンやイモやネギばかりが売れて、土のついた自然のそれらがそっぽを向かれているように、きれいに人工的にお化粧した酒ばかりが売れている、そんな気がしてならないのである。

ワイン先進国のワインをみても、高級ワインになればなるほど、かえって人工を避けて自然そのものをバランスよく、たっぶりと含んでいるように、私は思う。アフスにおける杜氏が攪拌する腕も、あれは自然の味を醸すひとつの道具である。消毒した金属器具を使って撹杵しても、あのアフスの多彩にして幅もあり深みもある味は出ない、と私は信じている。

再三になって恐縮だが、坂口謹一郎博士(東大名誉教授)はアフスにも暖かい賛辞を寄せられている。

古川さんへの葉書に、

奇しき酒 つくりいたして ひのもと
うまさけの巾 いやひろげませ

いま、アフスも12~15年の古酒になって茜色の輝きを妖しく放って、木戸泉の蔵に眠っている。

明治12年創業の木戸泉の初代は荘司藤治郎といい、酒銘を「藤泉」としたが、これが茨城県で商標登録ずみとわかり、現名に改めた。
(了)

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木戸泉物語(下) への1件のフィードバック

  1. 白井一道 のコメント:

     高温山廃モト、初めて知りました。私たちの仲間と言っては失礼にあたりますが、坂口謹一郎先生のもとで勉強し、現在東京理科大学名誉教授の杉崎善治郎先生がおりました。その先生からいろいろ日本酒を楽しむ方法などを勉強しました。その勉強の際にも高温山廃モトという造りについては学びませんでした。
     木戸泉さんの「木戸泉物語」上中下を読み知りました。ありがとうございました。下の最後の見解には本当だと思いました。味の多い酒、そこにはきっと力があるのではないかと思います。私たちも自分たちの住む同じ千葉県にこのような濃淳なお酒があるなんて嬉しい。

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